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【 雪は降り積む 】  


「私……叶うなら貞康様にもう一度お会いしたいですわ。お会いして、お話ししたいことが山のようにありますの。けれど、それはできませんから。」

 生きると、決めた。
 自分の決意を確認するように、彼女は短くなった己の髪に触れる。

「あの方への想いを捨てるつもりはありませんわ。あの方をお慕いする気持ちを胸に、前へ進もうと思いますの。この髪は、私なりのけじめですわ」
「……切ったのか」
「ええ」

 色々と思うところがあったのか、黒龍は少しの間ルディの髪を見つめていた。そして己の長い髪に触れてしばらく目を閉じた後、目を開いてこの日初めてルディを正視した。

「『キミは戻るんだ』、と。最期に虫の息で言っていた」
「正識さんが、ですわね?」
「……ああ、彼がそう言った。だから私も自分の命を粗末にする気は無い。それに……やりたい事ができた」
「あら、何ですの?」

 意外な発言にルディが目を丸くすると、黒龍はわずかに口許で笑んだ。

「彼の生に意味を持たせたい。マホロバに戦を齎した罪人としてでなく、『正識』が真に目指したものとは何だったのかを知りたい。遺志を継ぐなどという訳ではないが、それが今の私にできることだと思っている」
「……充分、前へ進む努力をなさっているのですね」
「髪を切るつもりは無いがな。出家でもあるまいし」
「これはそのようなつもりではありませんわ、正式に妻として迎えられていた訳でもありませんし」
「けじめとはそういう意味ではないのか?」
「もう、黒龍さんったら仕返しですの?」

 ひとしきり言い合うと、互いに可笑しくなって小さく笑みをこぼした。

「お互い、前へ進みましょうね。大切な方の為にも」
「…………ああ」

 二人がそれぞれ自分の湯呑に手を伸ばすと、頼んでもいないのに女将が湯気の立ち上る小さな土鍋を運んできた。

「あの、女将さんこれは……」
「お代はいいよ、あたしからのおごりって事で!……頑張んなさいよ、お若いの」

 話を聞いていたのか、女将はにっこりと笑うと土鍋の蓋を取って去って行った。

「……湯豆腐か」
「小皿も二人分頂きましたし、せっかくですから頂きましょう」
「……」

 素直に応じない黒龍に、ルディはさっさと湯豆腐を小皿に取り分けてよこした。こんなにも話が合うのに未だに素直になれない彼がそろそろかわいく思えてきたが、口に出すことだけはぐっと堪えた。


 湯豆腐を食べながらふと格子窓の外を見れば、はらはらと白い雪が舞っていた。

「あら、雪ですわね。積もる前に宿を見つけませんと」
「……私が今いる宿が通りの向こうにある」
「ありがとうございます、助かりますわ」
「流石に同室はしないぞ」
「黒龍さんでしたら私は構いませんわよ?」
「冗談は程々にしておけ」
「うふふ……ええ、そう致しますわ」



 かつて国中を舞い、多くの命を奪った扶桑の花弁の代わりに
 今は白い雪が舞い、ただ音もなく降り積もっていく
 歩んだ足跡、共にいた温もり、声や姿、その全てを
 ただ優しく、白で包み込んでゆく――。


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