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【 君の名は 】  


 比較的客が少ない、寒い格子窓近くに彼はいた。しかしルディは客が少ないのは格子窓のせいだけではないだろう、と思った。見た目だけなら彼は「美しい」と言っていい部類ではあると思う。ただ、その纏う雰囲気がどうにも近寄りがたく、むしろ自ら人を遠ざけているようにも見えた。
 しかし、彼のどこか思い詰めたような表情を見るとどうにも他人事のように思えず、ルディは思わず彼に声をかけていた。

「もしかして……黒龍さん、かしら?」
「…………。」

 反応するように、名を呼ばれた天 黒龍(てぃえん・へいろん)は視線だけをわずかにルディに向けた。直接会うのは初めてであったが、友人のリュースから多少の話は聞いていたため一目見て彼とわかった。元々口数は多くは無い青年であると聞いていたが、それにしても彼にここまでの表情をさせる事情が何であるのか、ただそればかりが気になった。

「……ご一緒させて頂いても宜しくて?」
「……一人でいたい」
「あなたのお話をお聞きしたいのですわ。私が」

 ルディが穏やかに微笑むと、黒龍は快諾こそしなかったがそれ以上拒むことも無かった。その態度を諾と受け取ったルディは黒龍と卓(つくえ)を挟んだ反対側に座ると、共に格子窓の外を眺めた。
 しばらくの間、やや離れて聞こえる店内の喧騒を除けば二人の間には静寂しか存在しなかった。不思議と、窓の外の賑わいもどこか遠く聞こえる。屋外ほど寒くもなく、店内の他の場所ほど騒がしくもない。一人でいたいと言った黒龍がこの場所に席を取っていたのも何となく理解できる気がした。
 女将がやっとルディの番茶を運んできた頃、ルディの方から口を開いた。

「……大切な方、ですか?」
「!」

 視線こそ外の景色から外さなかったが、向かいの黒龍が動揺したのは明らかだった。

「何となく、そのような気がしましたの。大切な方を……喪われたのでは、と。私と似ていますわ」
「……・。喪ったのか、お前も」

 寂しさの混ざった苦笑を浮かべれば、ようやく黒龍も言葉を発した。

「ええ……貞康様と、お別れをしてしまったんですの」
「貞康……東雲遊郭に現れた貞継公の顔をした別人、だったか。鬼城の初代将軍であった事実は後から聞いたが」
「私も、初めてお会いしたのはあの遊郭でしたわ。本当は別の目的で向かっていましたのに、気がつけば……」

 貞康に惹かれていった経緯を思い出したのか、ルディは小さく笑った。しかしその笑みはすぐに悲しそうな溜息と共に吐き出される。

「……貞継様には……お会いする勇気がまだ無くて。お顔は同じでも、あの方は……貞康様では無いんですもの」

 むしろ、同じ顔だからこそ会いにくかった。目にしてしまえばきっと、否が応にもかつての貞康を意識してしまうだろうから。ルディがそんな思考に耽っていると、小さく茶をすする音が聞こえた後湯呑を置く音と共に黒龍の口が開かれた。

「出会うのがもう少し早ければ……私達は敵同士だったかも知れないな」

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