1 2 3 4 5

【 其れを悪と呼ぶならば 】  


「じゃ、『また』な。カグラさんよ。なかなか愉しかったぜ」
「あなたも、協力者を騙るなら精々役に立つことね」

 つい先程まで死闘を繰り広げていたとは思えない穏やかさで、二人は別れた。カグラも持ち場へ向かおうとした時、背後から怯えた少女の声が呼び止めた。

「あの……」
「あなたは確か……リューゾーの魔鎧ね。何か用?」

 先を行く主人の竜造をちらちらと確認しながら、アユナはやや小声で恐る恐る話し始めた。

「……カグラさんが魂を取られていない、普通に協力してると仮定して、ですが。もし自分たちが協力してる人に、理不尽に殺されそうになったらどう思いますか?」
「今更そんなことを聞いて、どうするの?」

 失笑と共にカグラに聞き返されると、アユナは少しの間どう答えたものか悩んでしまった。正直、先程の戦いで見せられた実力や彼女の纏うバルバトスに似た雰囲気が怖い。それでも、彼女はどうしても知りたかったのだ。

「竜造さん、は……あの女相手ならそうなる事は十分考えられたし、むしろ織り込み済で協力したから恨まない、みたいなこと言ってますが、私は納得できないんです……だから、あなたならどう思うかなって、聞いてみたくて……」
「…………」

 長い沈黙が続いた。カグラはアユナから眼を逸らす事は無かったが、アユナを通して何か別の物を見ているようだった。それが竜造であるのか、バルバトスであるのか、それとも違う何かであるのか、アユナにはわからなかった。実際にはほんの二、三分程度の時間だったのだろうが、恐怖と緊張で張り詰めたまま返答を待ち続けたこの時間は永遠にも近いような心持ちだった。

「主人(マスター)が大事なのね。可愛い魔鎧さん」

 ようやく開かれたカグラの口から出た第一声は、どこか温かな温度を持つ声だった。

「そういう訳じゃ……ただ、竜造さんが彼女の気まぐれに付き合う必要があるのかな、って……」
「本来はあなたに私の意志を答える義理なんて無いのだけど、あなたの可愛さに免じて特別に答えてあげてもいいわ」

 にっこりと悪戯っぽい笑顔で答えると、カグラは城の窓から外を眺めた。既に戦端は切り開かれている。今はまだ城壁の砲門に手間取っているようだが、イコンが参入するならば突破も時間の問題だ。

「……そうね。魂を取られていないなら……そんな理不尽な関係、こちらから願い下げだわ。――相手がバルバトス様で無ければ、の話だけど」
「バルバトス、……様、だと違うの?」
「あくまで私の場合の話で、リューゾーはどうなのかは知らないわよ?……あの方は、『特別』を必要とされていないと思うの。『使い捨てられる駒』以上のものは迷惑でしかない。そんな方だから誰に対しても信頼なんてものは存在しないし、それこそいつどこで理不尽に殺されても何も不思議じゃないわ。魂を取られてるかどうかなんて、些細な問題よ」

 振り返らないカグラの表情はわからないが、彼女は事も無げに淡々と述べていく。理不尽に殺されるかもしれない対象に自分も確実に含まれていると知っているにも関わらずだ。

「じゃあ、どうしてそんな人に協力するんですか」
「バルバトス様だから。……じゃ、納得してくれないわよね可愛い魔鎧さんは」
「……アユナ、です」
「アユナ、ね。……私が他の誰でも無くバルバトス様を選んだのは、あの方の傍でなら求める物を得られると思ったからよ。実際、失っていた記憶も魔力も取り戻せた上に、それ以上の力も頂いた。私の魂を代償にね」

 何かを代償に、求めるものを得る。契約とは、大方がそういうものだ。しかしカグラの話を聞く限りでは、その望みは他の魔神や種族でも叶えられたことではないのかと疑わざるを得ない。もっと別の、大事な目的があるのではないだろうか。

「あの、もしかしてほんとは――」
「何してんだアユナ置いてくぞ!」
「は、はい!」

 去る前にぺこりと軽く頭を下げた彼女に、カグラは相変わらず綺麗に微笑んでいた。

「マスターと仲良くなさいね」




 バルバトス様の傍にいる本当の理由、ね。
 そうね……

 居心地が良かったから、じゃないかしら。

 氷のように鋭い目で全てを憎んでおられるのに、全てを愛してらっしゃるのだもの。
 壊したいほどに、愛してらっしゃるのだもの。

 これほどに圧倒的で、居心地のいい場所は……もう、無いのでしょうね。
 まさに、「悪」の中の「悪」。


 ――最高の場所だったわ。


1 2 3 4 5