1 2 3 4 5

【 噂の女 】  


(竜造さんが気になるくらいなんだから、すごく物騒な人なんだろうな……)

 竜造のパートナーである魔鎧のアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)は、目の前に現れた「彼女」を見た瞬間から、嫌な予感しかしなかった。


 時は数分ほど遡る。
 魔道書『カグラ』の噂を聞いた竜造は適当に目に付いた魔族に「バルバトスに似た女」の居場所を尋ねつつメイシュロット城内を探していたのだが、話を聞く内にどうやら『カグラ』は転移魔法の使用が可能であるらしく、文字通り神出鬼没な状態であるためいつどこに現れるか予想がつかないという事実が見えてきた。

「めんどくせェな……決戦前に会えるかも微妙じゃねえか」

 至極面倒くさそうに眉間に皺を寄せながら大きなため息をひとつ吐く。その様子を『カグラ』探しを諦めたものと見たアユナは、当然次には「行くぜアユナ」と城の外へ向かう台詞が来るものと思っていた。――が。

「見つからねえなら来させればいいのかもな。相手は転移魔法持ってんだしよ」
「まだ……探すんです、か?」
「人の話聞いてたか?探すんじゃなくて呼ぶっつってんだよ」
「ご、ごめんなさ…!」

 竜造がジロリとひと睨みすれば、アユナは条件反射のような速さで怯えたように固く両目を瞑ると謝罪の言葉を口にした。

(呼んだって、来てくれるかわからない、のに……。……でももし、会えるなら……私もちょっと聞きたい、事はある、けど……)

 まあ、会えなくても答えてくれるなら、誰でもいいんですけど。そんな事を考えているアユナを尻目に、竜造はいるかもわからない『カグラ』に向けてその場で声をあげた。

「おう、聞こえてるんだろ?『カグラ』さんよお!てめえが『バルバトスに似てる』なんて噂をうっかり聞いちまったもんだから気になって仕方なくってよぉ。噂なんてのはいくらでも尾ひれがついて大仰になるもんだ、会ってみたら実はたいしたことねぇなんて事だってありえる。だから俺は確かめてえのよ。てめえがホントにその器なのかって事をな!

こそこそしてねえで出てきやがれ、カグラ!!」


『うるさいわね……私を探しているのはあなたかしら?』


 竜造の声に応えるかのように、その場の空間に変化が生まれる。最初はわずかな血痕程度に足元に現れた紅い印が、じわりじわりと何かの紋様を形作りやがて複雑な魔法陣を描き切ると、目が眩む程の雷光と共に耳を裂くような雷鳴が周囲を駆け巡る。荒れ狂う嵐の中へ放り込まれたような錯覚の中一際輝く稲妻が魔法陣の中央を叩いたかと思うと、瞬時に雷光や轟音は止んだ。ゆっくりと目を開ければ、魔法陣があった場所には今一人の女が腕を組んで佇んでいた。

「……お前、カグラか?」
「それは呼び名。正しくははぐれ魔導書 『不滅の雷』(はぐれまどうしょ・ふめつのいかずち)。……あなたがしつこく呼ぶから来てあげたのよ。会いたかったんでしょう?私に」
「ああそりゃな。まさかほんとに来てくれるとはな……その辺の魔族よかサービスいいじゃねえか」
「勘違いしないで頂戴。私はこれでも忙しいの」

 素っ気ない態度を見せる目の前の女を、竜造は見定めるように改めて見つめた。
 まずは容姿。なるほど確かにバルバトスに近い背丈に豊満な体、透き通るような白い肌に白金の髪である。違うのは、その纏う衣装がバルバトス以上に露出が高いことと、何より印象的なその深紅の瞳である。彼女程では無いものの、見つめていると深い快楽の闇へ堕ちていくような、そんな感覚を覚える。
 続いて中身。会ったばかりなのでこれはまだよくわからない。だが少なくとも先程の現れ方からして只者ではない事だけは確かである。また初対面の自分に対するこの振る舞いをとっても、上から目線であることは気に食わないが、あの現れ方が見かけ倒しのハッタリでなくそのまま実力に繋がるものなのであれば納得できる。

「……ま、とりあえずは合格点。てとこか」
「何?まさか私を品定めするために呼びだしたの?」
「百聞は一見に如かずって言うからな。とりあえず見た目が似てるってのは納得した。ついでに噂に見合う実力も持ってんのかどうか知りたくなったぜ」

 背に背負う巨大な梟雄剣ヴァルザドーンへ手を伸ばすと、カグラはあからさまに不機嫌な表情を浮かべた。

「あなたもバルバトス様にお仕えする身なら、そういう力はもうじき始まる戦いで使うべきではないかしら?私もせっかく頂いた力を無駄に使いたくないの」
「なに、ちょっとした暇つぶしだ。それに俺はともかく、お前は魂取られてるなら死ぬことはねえんだろ?なら、問題ねえだろ」
「……馬鹿馬鹿しい。言ったでしょう、あなたは暇でも私は忙しいの。せっかくのお誘いだけどお断りさせてもら――」
「この機を逃したら『お前』と戦える機会が無くなる気がしてな」

 戻ろうとするカグラの行く手を遮り言い放てば、竜造の言葉に何かを感じたのかカグラの目が一瞬細められた。竜造にしてみれば「何となくそんな気がする」程度の気持ちで言ったのだが、カグラにとっては彼が思っている以上に意味を持つ言葉であったようだ。

「俺も『一応』人間なんで期間限定って言葉には弱いんだよ。あと、もう一つ付け加えとくと俺はバルバトスに魂捧げて仕えてるわけじゃねえ。俺自身の意志で協力してるだけだ」
「……何ですって?」

 瞬間、カグラの深紅の眼が竜造の瞳を射抜くような冷たい熱で捉えた。

「魂も捧げずに、いつでも逃げられる逃げ道を確保して。それで協力者ですって?」
「あんなモン見せられて魂捧げる気になれるかよ。お前は違うようだが、魂取られてただの操り人形になっちまった奴を見てきたからな。俺は、俺の意志で戦いを愉しみてえのよ。最期までな」
「……あなたがここで生きているということは、バルバトス様はそれをお許しになっているのね。……でも、私は認めたくないわ。」

 言いながら、カグラが現れた時と同様に紅い魔法陣を展開させると、陣の中心を空けて竜造達を招き入れる。

「私と戦いたいというあなたの願いを聞いてあげるわ。おいでなさい。――ただし、私は暇つぶしでなくあなたを本気で殺すけど。いいかしら?」

 まるで肉料理の焼き加減を確認するかのような気軽さで、カグラは妖艶に笑んで見せた。その微笑みはまさしくバルバトスを彷彿とさせるものであり、竜造は心の底から湧き上がる興奮の熱に促されるまま即答した。

「そうでなくちゃ面白くねえ!お前はやっぱ、『イイ女』の匂いがするぜ」
「ふふ……どうかしらね」

1 2 3 4 5