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【 メイシュロットにて 】  


 ザナドゥの街の一つ、メイシュロットは空中要塞都市である。一般市民が日々の生活を送る居住区もあるがその城壁にはおびただしい数の砲門があり、また決して大軍とは言えないものの一人ひとりが一騎当千の実力を誇る精鋭たちがこの街を守っている。何より、常に街全体が宙に浮いている事がこのメイシュロットを難攻不落なものとしていた。

 そんなメイシュロットの城内に初めてやって来ていた白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)であったが、城の空気は妙に慌ただしいものであった。ザナドゥにおける有力な勢力の内、国家神たる魔神  パイモン(まじん・ぱいもん)とその配下にしてこの城の主である魔神 バルバトス(まじん・ばるばとす)の勢力以外は既にシャンバラ・カナン側に協力ないし中立の姿勢を取っている事は聞かされた。このメイシュロットが落ちれば、王城ベルゼビュート城は孤立してしまう。そのため、間近に迫った契約者達との戦いを前にバルバトス配下の魔族達は忙しなく準備に追われているのであった。

「バルバトスの本拠地で敵を迎え撃つ、か……考えただけでゾクゾクするぜ」

 竜造は愉悦の笑みと共にわずかに震えた。彼の震えは恐怖から来るものでは無い。争いの中に愉しみを見出す外道と成り果てた彼には、決戦の大舞台を前に期待や興奮こそすれ、恐怖などという感情はとうの昔に忘却したものだ。戦いの結果にはさほど拘りは無い。勝てればそれに越したことは無いが、彼にとっては「戦い」そのものが全てであった。
 故に、「戦い」を十分に楽しめる程度の準備さえできれば後はどうでも良かったのである。

「しかし、ここまで追い詰められてるたぁな……暴れ甲斐があるってもんだ」

 窓から城の外を見遣れば、街の周囲に陣取ったシャンバラやカナンの契約者達が視認できた。東カナンや西カナン、南カナンの旗も確認できる。常であれば、このような危機的状況はこれ以上に無く興奮できる舞台であるのだが、一点だけ気にかかる点が今の彼にはあった。

「……ま、バルバトスはそう簡単には落ちねえと思うが」

 アガデの戦いにおいて、協力者である自分がいる建物だと認識していながら、容赦なく建物ごと破壊してくれた女である。常識で考えれば、そのような目に遭っていてなお協力を続けている自分の立場は理解し難いものなのだろう。それでもこうして協力を続けるのには、彼なりの理由があった。

「…………」

 ロンウェルで送った手紙の返事は当然ながら無かった。そういう女だとわかっていたから殊更それ自体を気にする事は無い。幾千年に渡り積もり続けたであろう彼女の「憎悪」を示すが如く果てなく続く暗雲に、今はただこうして思いを馳せるのみだ。
 その時ふと、気になる会話が耳に入ってきた。

「――しかし不思議な女だな。魔道書なのだろう?」
「ああ。自らバルバトス様に魂を捧げたそうだが、見た者の話では雰囲気がバルバトス様によく似ているということらしい」

(バルバトスに似た女……だと?)

 あくまで「似た女」であって、本人でないことはわかっている。しかし単純に好奇心から、その女についてもっと知りたくなった竜造は会話をしていた2人組の魔族を呼びとめた。

「おい、その女の話ちょっと聞かせろよ」
「なんだ貴様は!我々は忙しい!」
「知りたくばその目で確かめろ。白金の髪に深紅の眼を持つ、『カグラ』と呼ばれている女だそうだ。」

 わずかな時間も惜しいとばかりに、それだけ答えると有無を言わせず足早に立ち去ってしまった。

(はっ、感じ悪ィ奴らだぜ全く……それにしても、魔道書の『カグラ』か)

「……ま、会っといて損は無えだろ。暇つぶしに顔でも拝みに行くとするか」

 外見の特徴と名前はわかった。後はそれらを手掛かりに探せば見つけ出すのはさほど困難では無いだろう。雰囲気があのバルバトスに似ている女など、そう多くは無いに違いないのだから。

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