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【 破滅の雷 梟雄の剣 】  


「そういえば名前を聞いていなかったわね」
「あ?これから殺す相手の名前なんて聞いてどうするよ」

 カグラの転移魔法で転移した先は、障害物が比較的少ない荒野であった。これから決戦の舞台になるであろうメイシュロット城内は避けたかったのだろう。それに「本気で殺す」と言っていたカグラである。竜造を始末した後はそのままここへ遺体を放置して戻る算段なのだろう。

「不届きな自称協力者の名前くらい知っておきたいわ」
「くっ、言ってくれるぜ。俺は白津竜造ってんだ」
「リューゾーね……殺すまでは覚えておくわ」

 しれっと言ってのけると、カグラは前へと歩きだして竜造と距離を取る。

「あらゆる可能性を考えて逃げ道を確保しておくのは生き残る為の常識よ。私だってバルバトス様にお仕えしてからはそうしてきたもの。アムトーシスの芸術大会でのエンヘドゥ連行も、ゲルバドルでのナナ様の誘拐も、本来の目的が達成できなかった時のための逃げ道。だから逃げ道を用意する事自体を否定する気は無いわ」

 ただ、と。二十歩ほど進んだ先で振り返った彼女の視線は、敵に向ける鋭いものだった。

「魂を捧げる気も無い半端な覚悟で、あの方の協力者を騙らないで頂戴。虫唾が走るわ」
「だから、俺は操り人形にはなりたくねえんだよ。俺自身の意志で協力してえんだ」
「あなたの意志って何?あなたがバルバトス様の何を知っていると言うの?」
「その言葉そっくり返す。魂捧げていつ操り人形にされてもおかしくねえ状態で、あの女を理解したつもりでいんのか?」

「……」
「……」

 しばしの間、静寂が二人を包んだ。対話は平行線で交わることは無い。ただわかったのは、互いにそれぞれの方法でバルバトスに協力したいと願っている事と、そう願いながらも彼女を完全に理解することは不可能であるとわかっている事。

「……話は終わりにしましょう。不毛だわ」
「そうみてえだな――じゃあ行くぜ!!」

 竜造の声と共にアユナが白い外套の魔鎧となって彼に纏われると、挨拶代わりとばかりに梟雄剣ヴァルザドーンを勢いよく大地に叩きつける。生じた衝撃波は大地を抉りながら真っ直ぐ割り進んでカグラの元へと到達するが、土煙が薄れた先に彼女の姿は無かった。
 今の一撃で消し飛んだとは考えにくい。不意の攻撃に備えて勇士の薬を素早く飲み干し、行動予測で相手の出方を注意深く観察しながら彼女の姿を探す。

『――先手必勝と言えば聞こえはいいかもしれないわね』

(上か!!)

 姿は見えないが声だけが中空から響いてくる。恐らくは短距離の転移魔法を使ったのだろう、見上げた空間に例の紅い魔法陣がすらすらと描き出されている。魔法陣から出てきた瞬間を仕留めてやろうと百戦錬磨の経験と勘を総動員してその機会を待つ。

『でも、それってただの猪突猛進でしょう?……かっこ悪いわ』

 気付けば魔法陣は一つでは無かった。二つ、三つ……無数の魔法陣が中空に現れていた。

(これは……もしかすると転移用じゃなくて攻撃用か……!?)

 無数の魔法陣の更に上に、地獄の天使による瘴気の翼を生やし酷薄な笑みを湛えたカグラの姿を捉えたのは一瞬だった。

「滅びなさい」

 刹那、魔法陣から轟音と共に竜造めがけて一斉に雷光が降り注ぐ。まともに食らえば命がいくつあっても足りない事はこのわずかな時間でもわかった。初めはスウェーのみで受け流す事を考えたが、いくら梟雄剣でもこの圧倒的な質量を受け流しきれるかは怪しかった。そこで、咄嗟に両腕を龍鱗化させると金剛力の怪力で梟雄剣を頭上で高速旋回させ、雷光を散らせることでダメージの軽減を図った。

「おらあああ!!!」

 結果、完全に避ける事はできず雷光の一部を食らうことになってしまったが、ほとんどの攻撃を受け流すことができた。巻き起こった土煙が上空のカグラから自分の姿を隠してくれている今が好機と、素早く上空に向け梟雄剣ヴァルザドーンを構え今度はレーザーキャノンを発射する。

「!!」

 手応えはあった。上空にカグラの姿は無く、また小さい声ではあったが彼女が被弾したような声も聞こえた。無数に浮いていた魔法陣も消えており、周囲にもこれと言って「ヤバそう」なものは無い。

「……思ったよりあっさり落ちやがったな。もうちょっと愉しめるかと思ってたんだが」

 念の為、本当に彼女が倒れたのか確認するべく土煙が消えるのを待って周囲を念入りに探す。もちろん、転移魔法でいきなり背後に現れることも考えて梟雄剣からは手を離さない。

「――お、もしかしてあれか?」

 少し離れた場所に、カグラらしき女が地面に横たわっているのが見えた。行動予測で常に女の動きを警戒しながら近寄って確認すると、女は確かにカグラに間違いなかった。先程放ったレーザーキャノンが命中したのか、片腕の肩から肘にかけて焼け焦げたような痛々しい痕がある。

「あの条件で直撃を避けられたのはなかなかだったが……俺も暇つぶしとは言ったが、殺す事に手を抜くことはしねえぜ」

 この女はバルバトスに魂を捧げている。ここで心臓を裂こうが、首を刎ねようが、死ぬことは無いのだろう。ならば決戦にも何の影響もあるまい。

「じゃあな――」
「だから馬鹿は嫌いなのよ」
「!!」

 止めを刺そうと梟雄剣を振り上げた所で、意識を失ったものとばかり思っていたカグラの眼が開いていた。行動予測で次の行動を先読みし慌てて飛び退いた次の瞬間、カグラを中心に巨大な魔法陣が瞬時に展開され今日見た中で最大級の雷光が走った。行動予測をしていなければ間違いなく即死していただろう。

「おお、怖え怖え!……だがたまんねえな」
「あなたもね。それだけの力があるならバルバトス様が勝手をお許しになるのもわかるわ」

 焼け焦げた腕をリジェネレーションで回復させながら、カグラがゆるりと立ち上がる。

「……騒がしくなってきたわね。残念だけどここまでかしら」
「ぁあ?……チッ、始まりやがったか」

 カグラが視線を向けた方向を見ると、大きなイコンと思しき影や契約者達のものと思われる声が多数聞こえてくる。

「次は敵として会いたいものね。そうすれば心置きなく殺せるわ」
「今回だって思いっきり殺る気満々だったくせしてよく言うぜ」
「あら、あなただってそうでしょう?」

 来た時と同じく妖艶に微笑むと、カグラは帰還する為の魔法陣を展開させた。


 ――決戦の地、メイシュロット城へと。

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