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【 桜の行く先 】 「伝言……だと……?」 「あなたは寝てしまった後だったけどね」 記憶を辿るが、そもそもいつ眠ってしまったのかすらも記憶にない。目の前の高漸麗も事の全てを「見て」いた訳では無いが、その耳で全て「聞いて」いたはずだ。記憶が飛んでいる間の事も全て知っているかと思うとこれに勝る羞恥は無い。 「黒龍くんが寝てしばらくした後、彼が往く音が聞こえたから。一つだけ聞いてみたんだ」 「……何を?」 「『今、願いってある?』ってね。自分の力とか権力とか、彼を縛っていた全てから解放された後は何か願うことってあるのかなって思って。そしたら何て答えたと思う?」 「…………」 「――『マホロバ人』として生きたい、だってさ」 「気づいた時には手遅れだった」と、彼が目を細めて言っていた事ははっきりと覚えている。「『神』になりたかったわけではない。そう求める人々によってならされていた」「自分を見失うのが恐ろしかった」と。彼がどのような心境でエリュシオンの審問官と瑞穂藩主とを兼任していたのかと思うと、ただ己の無力を悔いることしかできなかった。 「……今更願ったところで遅いわ……」 冷めていた熱が再び溢れそうになる。今更「生きたい」などと願ったところで、彼はもはやこの世の住人では無いのだ。叶うはずも、ましてや叶えてやることもできない。もっと早く助けることができればあるいは違う道もあったかも知れないのかと、もう何度目かわからない後悔に襲われかけた時に高漸麗の明るい声がした。 「さあ、どうかな?」 「……お前はそればかりだな、今日は」 「だって、本当のことは正識さん自身にしかわからないんだもの。それに、僕は遅いとは思わないよ」 「……?」 正識の結末については既に高漸麗にも話している。人づてとは言え、彼の最期を高漸麗は当然知っているはずなのだ。にも拘らず「遅いとは思わない」などと笑いながら言う真意がわからなかった。 「彼は旅をしてるんだと思うよ。風の向くまま、当ては無いかもしれないけど……充実した旅。『マホロバ人』として、生きてるんじゃないかな」 「お前は何を言っているのだ!正識はもう――」 「実際に体が生きてるかどうかじゃなくってさ、何て言うのかな……何となくわかるんだよね。ほら、僕も一度は死んだ身だから」 「…………」 英霊とは、過去の歴史の中で死した人間が長い時間をかけてパラミタへ至った存在。高漸麗もその一人なのだから、死を経験として知っていても当然と言える。死者にしか理解し得ない領域、とでも言いたいのだろうか。 「……理解に苦しむ。結局彼がこの世の者ではないという事実は変わらないではないか」 「でも、ここであなたと一緒にいたのも間違いなく正識さんだよ?」 「……」 重傷の身で雲海から落ちて助かるはずの無い事実と、昨夜ここで正識と過ごした事実。二つの事実が矛盾しておりもはや何が真実なのかもわからなくなってくる。 今確かなのは、この体に残る痛みと――まるで足跡のように襖の隙間から布団へ向けて散っている季節外れの桜の花弁のみだ。 「……もういい。考えるだけ時間の無駄だ」 ただ、この花弁が昨夜の残り香のようにも感じられてどうにも目を逸らせなかった。この体に残る熱さえ夢か現実かわからないが、この花弁は消えずに残り続ける。それが確かな証になるだろうと。根拠も無くそのようなことを考えていた。 「っ、痛……ッ」 「ああ、だから無理しちゃだめだってば!」 花弁を取ろうと腕を伸ばせば容赦なく痛みに襲われた。それでも止めようとは思わなかった。 ――これほど痛むのに、夢であるはずがない。 ――だが、彼は現実では無かった。ならば、何なのだ。 答えの出ない問答を胸の内で繰り返しながら半ば自棄になりつつ花弁へ手を伸ばしていると、こちらの求めるものを探るように高漸麗がその手でこちらの腕を辿り、先にあった花弁を探り当てるとそれが何であるか手触りで確かめた後、また手探りでこちらに手渡した。 「……わかりやすく言うなら」 「…………」 「この桜の奇跡、ってことでどうかな?」 何がどうわかりやすいのか説明してほしい。率直にそう思わざるを得なかった。 「この時期に桜なんて、扶桑じゃないんだしまず有り得ないでしょ?だから、この桜と一緒にやってきた夢みたいな奇跡。これなら、納得してくれる?」 「……非現実的なのはパラミタにおいては今更か……他に説明のしようもないからな」 「じゃあ、そういうことで」 こちらが折れたのが嬉しいのかくすくすと笑うと、襖の外の方を見遣ってつぶやいた。 「今頃、どの辺りを吹いてるんだろうね。この桜を運んできた風は」 「……また、逢えるだろうか」 「きっと逢えるよ。このマホロバは桜の国だもの」 そう言って、高漸麗は再び筑を奏で始めた。曲目は忘れたが、確かこれは水面を吹き渡る風の曲だ。北国の川で吹いていた風が、大陸を吹きぬけて西の大国へ至る曲。 (この桜を運ぶ風の行く先を、私は知らない。だが――) 「私は……これからもこの地に残ろうと思う」 「……」 「必要な時はシャンバラや地球にも戻るし、他国へも出向く。だが……できるだけここにいたい」 「……いいんじゃないかな。あなたが自分の意志で決めたことなら、僕は何も言わないよ」 筑を撃つ手は止めないまま、高漸麗は微笑んでそう答えた。 穏やかな風が、夢の跡形を吹き渡ってゆく。 舞い上がる桜は、次は何処(いずこ)の夢へと渡るのだろう。 行き着く先は、誰も知らない――。 |
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::あとがき:: 何で正識助けられないん(ブワッ どうも正識だけで1年は生き延びられる気がするろこです。 「まほろば遊郭譚」シリーズや「花魁夢芝居」で興奮しすぎてついやってしまいました。 シリーズ始まった時から何となくそんなエンドじゃないかとわかってはいましたけど!ど! イルミンキャンペーンの龍騎士団長さんは生き残ってるからもしかしたらとか、とか、 そんな……(ブワッ←2回目 台詞回しがいちいち芝居くさくて、 それがかっこよくもあり、キャラさんによってはムカつきもしたかと思うのですけども 龍騎士になる前の話とか大帝からの認識とか、最期とか、今回の話とか聞いてたら、 『救う』なんておこがましいけど手遅れになる前に『助けて』あげたかったと……(ブワッ←3回目 ところであとがきになってないのであとがきを書こうと思います(前置き長い 正識は結局どうなってるんですかね……?← 生死不明ということで今回(「花魁夢芝居」)の演出もとっても素敵なのですけども その後の話を書く上でどうしたもんかなあと悩んだりもしました。 結局ぼかしたような、そうでもないような感じにしてますけども。 大体俺得な内容ですが、俺以外の方にも楽しんでもらえたなら幸いです。 というか皆さんの作品も読ませろし。 長くなったのでそろそろこの辺で。 今回は最後まで読んで頂きありがとうございました! H23.12.14 ろこ(天黒龍PL) |